教育と洗脳の違いは?日本の学校教育は洗脳と同義だと思う
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日本の世の中に蔓延る社会問題
「教育」と「洗脳」と言う言葉がありますが、これらはどう違うのでしょうか?考えたこともない人が多いかもしれませんが、教育=善、洗脳=悪みたいなイメージがどこかにあるのではないか?と思いますけど、私自身もこの違いについて考察しているブログなどを見ていると、違いは述べられているのだが、結局、それって同じにしか思えてこないという面もあります。洗脳というのは、辞書によると「その人の主義や思想を根本から改めさせること」で、教育は「ある人間を望ましい姿に変化させるために働きかけること」だそうです。この定義を見ても違いはよく分からない。特に疑問なのは教育の方の定義であり、「望ましい姿」とは何だろうか?今日本で行われている教育も、当然この望ましい姿というのを目指しているのだろうけど、その望ましい姿に改めさせる行為は洗脳にはならないのか?私にはちょっと分からない面が多い。
日本で行われている教育は洗脳じゃないか?
例えば『「教育」と「洗脳」の違いを教えて下さい。』のページには以下の回答が載っています。特に「あらゆる分野の知識を蓄積させ、論理的思考能力を高め、表現力を涵養するなどして、あらゆる問題を打開してゆく能力を身につけさせることが、例えば「教育」と呼ばれるのではないでしょうか? 」という部分については、なんとなく理解できる気がする。ただ、日本で行われている教育ってこれだろうか?そもそも教育がある種強制的に行われており、かつ学ぶ内容が選べないという意味では、結局洗脳に近いと思うのです。日本社会は個性を発揮しづらいといわれており、教育が施すのは、大人が押し付ける価値観や思想であり、子供に別に価値観や思想を選ぶ余地はほとんどない。そういう意味でいうと、洗脳の概念の方に近い気もする。
あらゆる分野の知識を蓄積させ、論理的思考能力を高め、表現力を涵養するなどして、あらゆる問題を打開してゆく能力を身につけさせることが、例えば「教育」と呼ばれるのではないでしょうか? 同じ問題でも人によってアプローチの仕方が違うことは当たり前で、それが社会人としての個性の現れ方です。それに対して「洗脳」は、ある特定の概念を強引な方法で無理矢理植え付け、そこにおいては個性は無い、ということではないでしょうか?
ある1つの価値観や思想を植え付けるのは洗脳も教育も同じ
例えば、道徳の授業で「犯罪はいいこと」なんてみんなの前で発表したり、文章に書いて提出したら、教師に呼び出されるでしょう。そのまま放置はされないと思う。そして、何を言われるか?分からないが、そこでその児童や生徒の考え方を矯正しようとするはずです。これは洗脳に近いと思うのです。先ほど述べた教育における「望ましい姿」という中に、国家や社会にとって反逆的な存在を生み出さないというのが、1つの目的として存在するとしたら、あれはある意味望ましい姿を目指していると言え、教育と呼べないこともないかもしれない。ただ、じゃあ、その児童や生徒のいう「犯罪はいいこと」という主張をどう覆せるか?が問題なのです。つまり、犯罪が起きた方がむしろ国家にとって、社会にとって良いこと、プラスの影響があったとしたら、どう教師は反論するのか?
例えば、今の日本社会を如実に表している事実として非正規と正社員の格差がある。そして、非正規で働いている人が、正社員との待遇の差等にいい加減我慢できなくなり、街中で暴れ出した。そういう事件はたまに起きるが、ほとんどの人は時間が経てば忘れてしまう。それは何故か?滅多に起きないからです。ただ、そういう事件が毎日どこかで起きているとしたら?その度に被害に会う人が大勢出たとしたら、これはもう国としても社会としても無視できなくなる。非正規で働いている人は、国や企業や社会にとって都合の良い働き方を強いられている面もあり、ある程度憤りが出るのはしょうがないと思うのだけど、そうした事件が連日起きて、日本全国がそうした社会不安に悩まされるとしたら、そして、その原因が非正規という非常に不安定で、待遇が劣っていて、嫉妬や憎悪を抱かせやすい、惨い働き方のせいだとしたら、国は考えるのではないですか?その結果、どうなるか?は分からない、国も武力で鎮圧するようになるかもしれないし、事件発生を防ぐために非正規社員の廃止や非正規の働き方の見直しを行うかもしれない。
何が「望ましい姿」か?は人によって異なる
この結果、その後非正規社員の人たちの働き方が大いに改善されたとなれば、彼らが起こした事件というのは、彼らと同じ境遇で生きている人にとっては大いにメリットのある行為だったことになる。国が非正規雇用を認め、企業が積極的に非正規で雇うという現状は、都合の良い労働者を多く確保し、利益を追求するという非常に大きなメリットを生むが、実際に非正規で働かされている人はたまったもんじゃない。この状況を改めさせるには、現実問題として武力に訴えるしかないと思うし、クーデターでも起こすしかない。そうなると、犯罪を起こすことを悪とするのが教育の目指す方向であるのならば、少なくともこれらの行為は行うべきではないとなる。ただ、それはすなわち非正規社員はそのまま苦しみ続け、嫉妬や憎悪の感情を抱いたまま我慢して生きろといっているに等しい。こういった行為以外で、彼らの状況を改善させるのは困難すぎる。それは国民の多くが非正規の働き方とは無縁で、ほとんど興味を示さないから。世論の後押しも期待できず、相対的に数の少ない彼らができるとしたら、非合法的な手段しかないのです。
犯罪を起こさないことは国、社会、多くの国民にとってメリットだが、犯罪を起こしてくれるからこそ、その後結果的にメリットを受けられる人もいるとしたら、じゃあ、どうして犯罪を起こしてはいけないと断定できるのか?犯罪を起こすと傷つく人が出てくる。だからいけないことなんだ。とする主張は分からないでもないが、じゃあ、国や社会が一体となって、一部の人たち(例えば、非正規社員の人たちはホームレスなど)を苦しませても良いとする社会システムそのものは何故良い断定できるのか?実際に苦しんでいる人が大勢いる中で、それが望ましい姿であるのならば、じゃあ犯罪の被害に遭って苦しむ人がいるのは何故ダメなのか?先ほど言った教師は、どうやってこれに反論するのでしょうか?犯罪が起きないことは犯罪によって苦しむ人を防ぐ面もあれば、今苦しんでいる人は依然として、もがき苦しむだけ。犯罪が起きれば、その逆のことが起きる。犯罪が起きても、起きなくても、一長一短だと思うのだけど。犯罪も起きないで、苦しむ人も出ない社会が私は理想だと思うが、それを目指そうという声はあまり聞こえない。それは多数にとって今の都合の良い社会を一部捨てることになるからでしょう。だから、少数を犠牲にしても多数にメリットが一応あるならば、それは黙認してしまえ。そういう風潮が多数派に蔓延しており、少数派の人たちを押さえつけている面もあると思います。一般市民も教育者も、都合の良い主張をするという意味では、洗脳も学校教育も、それ以外の人々の主張も変わらないと思います。洗脳を行う人も、教育を施す教師も、1つの偏った価値観を植え付けるという意味では大差ないように思う。洗脳と教育は厳密に言えば違うと思うが、洗脳と(今、日本で実際に行われている)学校教育はほとんど同義だと思います。
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