ノート提出で加点、忘れたら減点の成績評価は無意味、ルーズリーフ禁止も謎でしかない

公開日: : 最終更新日:2017/07/24 その他の話題, 日本の世の中に蔓延る社会問題

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ノート提出という無意味な教育が私の時代にもあったわけだが、今でもあるのでしょう。私はノート提出という教育の仕方は非常に無意味に感じるし、私が中学生のときにそのノート提出によって成績を下げられたことを今でもおかしいと感じているし、当時の教科の教師を恨んでいる面もある。学校の成績評価でノート提出を加味するようなやり方をしている学校というのは、非常に多いと思うし、私が中学生のときにもありました。私は定期試験でかなり良い点数をとっていた教科があって、その教科の成績がどうなるのか?楽しみにしていたんですよ。で、いざ結果を見たら愕然としました。なんだこれは?と。何かの間違いだと思いましたよ。で、当然納得いかないので、その教科の先生に理由を聞いたら、「ノート出してないから」と言われて、また愕然とした。ちょっと待て、ノート出さないだけでこんなに成績下がるのか?と。私の感覚だと5段階評価で2段階くらい下がっていたんですよ。当時は私は中3ですから、思考力もないし、ノート出さないオレが悪いと勝手に納得してたんですけど、大人になると、あの教師なんなん?と思うようになった。ノート提出を忘れたら減点って、今考えても無意味なおkしな教育だと思うのです。

 

ノート提出を成績評価に組み込むのは無意味

ノート提出を忘れたという人は他にもいるかもしれない。私はノート提出を忘れたというよりは、出さなかったのだが。でも、言いたいことは山ほどある。ノートを成績評価につけるならば、なぜ前もってそのことを言わなかったのか?(抜き打ちテストみたいな性質だから問題ないのか?)そもそもノートをとる意味はどこにあるのか?ノートの何が大切なのか?私はノートなんかなんの意味もないと思っている。こういうことを書くと、ノートをとる重要性を力説してくる人がいると思うんですけど、それはその人にとっての重要性であって、私にとっての重要性ではない。ノートをとることに意味があると感じている人もいれば、その時間を使って別の勉強の仕方をしている方が意味があると考える人もいるのだ。そこに優劣はないし、自分にとってどんな勉強法が向いているか?なんていうのは、人それぞれ違うはずで、各自が判断をすればいいことだと思うのです。ノート提出を評価するときに、ノートとった方が良い人もいるかもしれないというだけでの話であって、そうじゃない人がいないという根拠はないわけです。私がノートをとる意味がないと思う理由は、手間がもったいない(板書する部分をあらかじめプリントして配れば良い)というのもあるし、そもそもノートというのは要点をまとめたものになりがちなのだ。要点をまとめることは大事だという発想もあるだろうが、それだと断片的な勉強しかできない。言うなれば70点はとれるかもしれないけど、90点以上はなかなかとれないという話になる。

 

以前、クイズ番組とかで有名な京大卒のロザン宇治原史規氏の相方の菅氏が、学生時代の宇治原氏のエピソードを語っていることがあって、菅氏が宇治原の日本史の教科書を見て、「お前、大事なところ線とか引かないの?」と聞いたんだそうです。そしたら、宇治原氏は「教科書に書いてあることは全部大事に決まってるやろ!」と返したそうです。私はこの宇治原氏の考え方に完全同意なんです。私も教科書に線をひいてはいない。そんな勉強の仕方をすると、断片的な知識しか身につかず、とれる点数なんてたかが知れていると思ったから。私は有名大学に行きたかったので、成績を大幅に高める必要性を感じていたため、日本史に関しては教科書を全部読んでましたよ。欄外の細かい字まで。教科書に載っている字という字は全部読んでいました。おかげで偏差値も70を超えたんですけどね。つまり、ノートをとるという勉強法は適度な点数をとるのには適しているかもしれないし、そういう意味では効率的かもしれないのです。でも、私はその程度の点数では満足しないし、それ以上の点数をとるにはノートを写して、それを見ているのは時間の無駄だと感じていました。だから、ノートなんかいらなかったんですよ。私は教科書さえあればよかったので、ノート提出は無意味と思っていましたし、ノートをとる時間があるならば、教科書を読んでいたかったくらいです。だから、仮にノート提出を忘れたとしても、それは私にとっては効率的な状況なえわけで、なぜ減点されなければいけないのか?が分かりません。中にはノート提出を忘れたら減点ではなく、ノート提出をしたら加点という成績評価の学校もあるみたいですが、これについては後述します。

 

手段の目的化を正しいと思っている教師がいるということ

つまり、当時の私が恨んでいる教師は、高得点をとりたいと思う人の勉強を邪魔していたと、私は評価しています。ノートだけで高得点をとれる人がいないとは言わないが、私には少なくとも無理だったと思う。逆に私は当時からそういう発想になっていたからこそ、高校時代に受験勉強では高得点をとるための勉強法を実践できたと思っている。私が中学時代から熱心にノートをとることだけに集中していたら、高校時代の私の日本史の勉強方法は、教科書の太字の前後だけを読むという断片的な勉強しかできていなかった可能性もある。そういった状況を鑑みても、私の勉強方法に対する考え方は間違っていなかったと思います。ノート提出を評価する意味は、ある意味それ自体をタスクとして捉えるならば、まだ納得いくかもしれないが、そういうタスクを課す意味がなければ成立しない問題だと思うのです。つまり、学校はある程度自由に教育内容や成績評価の仕方を考えられるのかもしれないが、そのやり方自体に正当性がなければ、それは「無意味」と評価されてもしょうがないと思うのです。ノート提出の意味をきちんと明確に説明できる人がいないと、ノート提出をタスクとして生徒に課すのは良いとしても、それをやる必要性がどこにある?という疑問だけが残るのです。ノート提出をする意味ってどこにあるのでしょう?それはどんな場面で生きるのでしょう?あとノート提出はルーブリーフだとダメという教師もいるみたいなんです。一般的な冊子になっているノートじゃないとダメで、ノート提出をルーズリーフで行うとそれを捨てられたとか、訳の分からない高校があったみたいです。ルーズリーフの何がいけないんですかね?私には全く分からないけど、ノート提出ではルーズリーフだと本人のものである証明とかがないとか、改ざんが可能とかいう意見もあったが、ペンで名前書かせればいいし、改ざんの心配って具体的に何ですか?改ざんの心配ならば通常のノートでもあるんじゃないの?と思いますけど、何かよく分からない理由でルール作る学校って多いよなー。と思わずにはいられません。

 

ノートには板書した内容だけではなく、先生が声に出す重要なところを付け加える意味があるということを言う人もいるけど、それも意味がよく分からないんですよ。だって、私はそんなことをしていなかったけど、十分な点数はとれたと思いますし、先生の声に出したことで、どれが重要か?なんて生徒には判断できません。かつノートをとりながら、そんな作業を脳内でやるにはきつすぎます。だから、大事なことは最初から全部プリントにまとめて生徒に配ればいいんですよ。で、教師がそのプリントに書かれたことは全部大事だから全部覚えろ!とでも、言っておけば良いと思います。大事なことを取捨選択する難易度を考えるならば、大事なことを全部ピックアップしておいた方がよっぽど良いと思いますが。ノートを提出させて点数を加える(私の場合は提出しない人から減点だったが)ということは、テストで点数がとれない人にとっては意味があるみたいな主張も見たんだけど、これは本末転倒だと思うんですよ。だって、そんなことをすると、ノートをとることが最大の目的になるからですよ。勉強をする意味ってノートをとる練習をすることじゃないと思うんだけど、ノート提出で加点や点数が上がるというシステムをとると、当然ながらノートだけとって提出して、あとは何もしないって人が増えそうな気がしますけどね。手段を目的化する生徒が増える気がします。大学生になると、頭を使っている人が増え始めて、ノートをとるのではなく、スマホで黒板を撮影する人が一気に増えます。高校まででそれをやると絶対に怒られますよね。怒られないといけない理由はあまりないと思うけど。大学生になるとノート提出という機会はまずないが、教科書が存在せず、ノートをとらないと勉強ができない授業というのがあるため、その授業に関してはノートをとるのはしょうがないかもしれない(プリントにして配ってくれよと思わないでもないけど)が、そのときには板書をするのではなく、スマホで黒板を撮影すれば一発で済むため、そういう方法をとっている人が多いんだそうです。大学ではそういうやり方をしても多分怒られないと思います。仮にノートをとらせるならば、まだそういうやり方の方が効率的だし、それを高校まででも認めてもらいたいですけどね。でも、絶対に認めないと思います。

 

私はノート提出は無意味と考えていますけど、それを意味があるとする人の中には、期限までに提出物を提出する。それは社会に出てからでも大切なことだ。というこという人もいますが、社会に出てからの期限を守ることは、期限を守らないと困ることがあるからそれが重要視されるのであって、学校の中でノート提出をしないことでなんの困ることがあるんですか?困らないことに期限を設定して、提出を要求する意味がどこにあるのでしょうか?結果、困らないならばノート提出は無意味になると思います。実際、私はノート提出をしないことで困ったことはありません。他の勉強方法でも十分代替できたと思っていますし、テストの点数も十分とれたと思います。私の中にも損害はありませんし、私以外にも損害はないでしょう。そんな状況と明らかに損害が出るようなケースを比較する意味は私はないと思っています。勉強するっていうのは、あくまでも手段であって、目的じゃないと思うんですよ。だから、ノートをとること自体が目的になるようなやり方は生徒の勘違いを生むだけだと思うのですが。だって、世の中で必要な能力って、自力で一生懸命やって50点よりも、他人の力を借りてとった100点の方になるわけですよ。結果がすべてであって、プロセスを評価すること自体、私はあまり意味がないと思っているのです。子供もいずれ気づくと思うんですけど。努力を評価すること自体は悪いとは思わないが、それは成績評価とは別のところでやるべきだと思うのです。それを成績評価内でやると、手段をも目的化するような子供が増えて、例えば皆勤賞のために学校に通うことは頑張っているが、学校に通うだけで満足して、授業などもあまり聞かず何も身につかないといったケースが増えそうな気がします。この場合には学校に通った結果勉強を頑張らないとなると、何のために学校に通っているのか?となり、完全に学校に通うという手段が目的になってしまっているわけです。学校に通うという努力の分の時間が結果的に役に立っていないという可能性もあり、むしろ時間を無駄にしているというケースが増えると思うのです。効率性や有効性を重視して、ノートをとらない人がいて、そこに目的達成のためにちゃんと根拠があるならば、何も考えないで教師の言うとおりにノートを書いて、ノートを提出する人よりもよっぽど有能だと思いますし、社会で活躍しやすいと思うんですよね。実際、ノート提出を評価するような教育って、努力した部分を評価するって話なんだろうけど、努力ってノートを書く以外にもいっぱいあるじゃないですか?

 

独自性や個性を持つ人材を育てた方が社会はWin-Winな関係が生まれる

例えば、眠たいのを我慢して真面目に授業を聞いたとか、授業中私語をしないで授業を受けていたとか、そういった例は他にもいくつかあるのに、なぜノートをちゃんと書いただけ加点の対象にするんですか?逆に言うと、ノート提出を加点の対象にするのに、他の頑張りはなぜ加点の対象にならないのか?そこをちゃんと説明できる人はいるのでしょうか?同じ頑張りなのに、そうやって差別的対応をする必要性や根拠をちゃんと説明できる人がいるのか?は気になります。ノート提出を忘れたで減点されたり、ノート提出をしただけで加点する学校でって多くあると思うんだけど、そういう学校で過ごしている子供の将来はどうなんだろう?と私は非常に疑問です。勉強の仕方に関して固定観念を持たせるような教育は、マニュアル人間っていうのか?分からないが、他の人と同じことしかできない人間を多く生む気がするのですが、そうじゃない方が望ましいと思います。社会性や協調性よりは、独自性や個性を伸ばすということも大切だと思うからです。独自性や個性を持った子供が多く育てば、生き方や働き方に関して他者と同じ道を選ばない人が増えると思うのです。そして、その中にはその道で成功する人も出てきます。もちろん、成功しない人もいるだろうが、多くの人が他者とは違う生き方を選べば、他者と同じ生き方をする人が減り、他者と同じ生き方(サラリーマンになるなど)をするための難易度が下がるのです。求職者が減れば企業に就職できる可能性が減るので、違う道を選ぶ人が増えるということは、同じ道を選ぶ人が就職できる可能性も増えるし、違う道を選んだ人が失敗して、就職しようと思ったときにも就職しやすくなります。そして、違う道を選んで成功した人はそのまま生きれば良いとなり、全てがWin-Winの関係になるんですよ。

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